100万語の向こう側——多読マイルストーンごとに見える景色
多読の世界で古くから語られてきた目標に「100万語」があります。途方もない数字に聞こえますが、1日15分・毎分100語のペースなら約2年で届く、意外と現実的な数字でもあります。
今回は、そこへ至る道の「景色の変化」を、研究の知見とマイルストーンで描いてみます。長い道のりは、途中の景色が見えているほうが歩きやすいものです。
道のりの構造:語彙と流暢さの二重らせん
多読で伸びるものは大きく2つあります。ひとつは語彙。Webb(2007)が示したように、単語の知識は文脈の中での繰り返しの遭遇によって深まります。読んだ語数が増えるほど遭遇の総数が増え、語彙は厚くなります。
もうひとつは流暢さ(読む速度と楽さ)。Beglar, Hunt & Kite(2012)の研究では、読んだ量が多い学習者ほど読解速度の伸びが大きいことが示されました。この2つが絡み合いながら伸びていくのが、多読の道のりです。
マイルストーンごとの「景色」
個人差はありますが、多くの実践者と研究の知見から、おおまかな目安を描くことはできます。
- •〜1万語(最初の数冊):「英語の本を読み切った」という初めての体験。ここでの主な収穫は英語力よりも、「自分にも読める」という発見です。
- •〜10万語:やさしいレベルなら返り読みが減り、読むリズムが生まれてくる頃。Extensive Reading Foundationのスケールで1〜2段上のレベルが視野に入ります。
- •〜30万語:お気に入りのシリーズや作家ができて、多読が「学習」から「習慣」へ、さらに「趣味」へ近づく頃。読書速度の変化を数字で実感しやすい時期でもあります。
- •〜100万語:Graded Readersの上位レベルや、やさしい一般書が射程に入ってくる頃。ここが「ゴール」ではなく、一般書への「乗り換え駅」です。
なお、これらはあくまで目安です。大切なのは他人との比較ではなく、自分の1か月前・半年前との比較。それを可能にするのが語数の記録です。
100万語は「終点」ではなく「開通」
100万語を超えた先に何があるのか。語彙研究の数字がヒントをくれます。Nation(2006)によれば、一般的な英文を補助なしで読むには8,000〜9,000ワードファミリーの語彙が目安となります。100万語の多読はこの語彙への重要な足場ですが、完成形ではありません。
しかし、ここに多読の最大の仕掛けがあります。100万語を読んだ人は、すでに「読むこと」が生活の一部になっているのです。200万語目からの読書は、もう学習の努力ではありません。次の本が読みたいから読む——それだけの、ごく自然な営みです。目標を追いかけているうちに、目標が要らない人になっている。多読という学習法の、いちばん美しい出口だと言えるでしょう。
最初の1,000語から始まる
100万語の物語も、最初のページの数百語から始まります。今日読む1,000語は全体の0.1%——そう聞くと小さく感じますが、1,000回積めば必ず届く距離です。そして道中の景色は、数字が示すよりずっと豊かです。
さあ、次の1,000語へ。
参考文献
- •Webb, S. (2007). The effects of repetition on vocabulary knowledge. Applied Linguistics, 28(1), 46–65. https://doi.org/10.1093/applin/aml048
- •Beglar, D., Hunt, A., & Kite, Y. (2012). The effect of pleasure reading on Japanese university EFL learners' reading rates. Language Learning, 62(3), 665–703. https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2011.00651.x
- •Extensive Reading Foundation. ERF Graded Reader Scale. https://erfoundation.org/wordpress/graded-readers/
- •Nation, I. S. P. (2006). How large a vocabulary is needed for reading and listening? The Canadian Modern Language Review, 63(1), 59–82. https://doi.org/10.3138/cmlr.63.1.59