多読と精読は敵ではない——Nationの「4つの柱」で考える学習バランス
「多読と精読、結局どっちがいいの?」——英語学習の定番の疑問です。しかしこの問い、実は前提から見直す価値があります。研究の世界では、多読と精読は対立するものではなく、役割の違う両輪として位置づけられているからです。
言語学習の「4つの柱」
語彙研究の第一人者Paul Nationは、The Four Strands(2007)という論文で、バランスの取れた語学コースは次の4つの要素(strand)にほぼ均等に時間を配分すべきだと提案しています。
1. 意味重視のインプット——理解できるレベルの英語を大量に読む・聴く(多読・多聴はここ)
2. 意味重視のアウトプット——伝えたい内容を話す・書く
3. 言語重視の学習——文法・語彙・発音などを意識的に学ぶ(精読・単語学習はここ)
4. 流暢性の育成——すでに知っている言語材料を、速く楽に使えるようにする(やさしい多読・速読練習はここ)
この枠組みで見ると、多読か精読かという二者択一自体がナンセンスだと分かります。多読は「インプット」と「流暢性」の柱を、精読は「言語重視の学習」の柱を担う、それぞれ別の仕事を持った活動なのです。
精読だけに偏ると何が起きるか
学校英語で中心だったのは、構文を分析し、訳し、文法を確認する精読型の学習です。これ自体は「言語重視の学習」として価値があります。問題は、4つの柱のうち1本だけが極端に太くなることです。
分析はできるのに読むのが遅い、知識はあるのに使えない——この状態は、インプット量と流暢性練習の不足として説明できます。実際、Beglar, Hunt & Kite(2012)の研究では、精読中心のグループよりも「楽しみのための読書」に取り組んだグループのほうが読解速度を大きく伸ばしたと報告されています。速く読む力は、速く読む練習からしか生まれないのです。
逆に多読だけに全振りすると、文法の整理や弱点の分析がおろそかになります。だからこそ「バランス」なのです。
実践:1週間のポートフォリオを組む
Nationの枠組みを個人学習に落とすなら、たとえば週の学習時間をこう配分できます。
- •多読・多聴(インプット):やさしい本を楽しく読む
- •精読・文法・単語(言語重視):TOEICの問題演習、間違いの分析、単語学習
- •音読・要約・日記(アウトプット):読んだ内容を1文でまとめてみる
- •やさしい英文の速読(流暢性):既読の本の再読は、実は優れた流暢性練習です
厳密に25%ずつである必要はありません。大切なのは、自分の学習を4つの箱に仕分けてみて、空っぽの箱がないか点検することです。多くの学習者の場合、空いているのは「インプット」と「流暢性」の箱——つまり、多読がそのまま処方箋になります。
「どっちか」ではなく「どっちも」
多読は精読の代わりではなく、精読も多読の代わりではありません。両方を持っている学習者だけが、知識と流暢さの両方を手に入れます。今週の学習メニューに、4つの箱は揃っていますか?
参考文献
- •Nation, P. (2007). The four strands. Innovation in Language Learning and Teaching, 1(1), 2–13. https://doi.org/10.2167/illt039.0
- •Beglar, D., Hunt, A., & Kite, Y. (2012). The effect of pleasure reading on Japanese university EFL learners' reading rates. Language Learning, 62(3), 665–703. https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2011.00651.x