小説と新聞、英語で読むならどっちが難しい?——語彙研究が示す意外な事実
英語学習者向けの読み物というと、「新聞は難しい、小説はやさしい」というイメージがありませんか。ニュース英語は堅くて専門的、物語は日常の言葉——そんな印象です。
ところが語彙研究のデータは、この直感に「ちょっと待った」をかけます。
どちらも「8,000〜9,000語族」の世界
Nationは、さまざまなジャンルのテキストについて、辞書なしで快適に読める目安(テキストの98%を既知語でカバー)に必要な語彙サイズをコーパス分析で推定しました。その結果、小説も新聞も、おおむね8,000〜9,000語族という同水準の語彙が必要になり得ると報告されています(Nation, 2006)。
「小説はやさしい」は、語彙の面では思い込みだったのです。むしろ小説には、学習者泣かせの特徴があります。
- •口語表現・スラングが多い: 教科書で習わない会話の言い回しが頻出します。
- •描写語彙が豊か: 表情、しぐさ、風景の描写には、意外なほど多様な動詞・形容詞が使われます。
- •文化的な前提知識が要る: ジョークや暗示は、語彙以上の壁になることがあります。
一方の新聞は、堅い語彙こそ出るものの、構成が定型的(見出し→要約→詳細)で、背景知識が使える(日本語のニュースで知っている話題なら内容を推測できる)という、学習者に有利な面も持っています。
だから「レベル分け」は素材選びの生命線
この話の実践的な教訓は、「小説を避けよ」でも「新聞を読め」でもありません。ジャンルのイメージではなく、実際の語彙レベルで素材を選ぶべきだ、ということです。
98%カバーという目安は、未知語の密度と読解の関係を調べた研究に由来します(Hu & Nation, 2000)。1ページに知らない単語が数語まで——この感覚を基準にすると、素材選びはこうなります。
1. 原書の小説は「見た目より手強い」前提で: 児童書や、語彙を制限したGraded Readers(段階別読み物)から入るのが、遠回りに見えて近道です。
2. ニュースは「知っている話題」から: 日本語で追っているニュースの英語版は、背景知識が語彙の穴を埋めてくれる、優れた入門素材です。
3. どちらでも「スラスラ読める」を優先: 快適なレベルの大量読書が読解速度を向上させることが報告されています(Beglar, Hunt & Kite, 2012)。カッコよさより、続けられる快適さです。
「読めない」はジャンルのせいでも、あなたのせいでもない
原書の小説に挫折した経験があるなら、その原因はあなたの努力不足ではなく、単に必要語彙のレンジが想像より高い素材だっただけかもしれません。データを知れば、挫折は「レベル選びの情報不足」という、解決可能な問題に変わります。
背伸びした一冊を本棚に眠らせたまま、やさしい一冊を今日から読み始める。数年後、あの眠っている一冊を取り出す日のために。
参考文献
- •Nation, I. S. P. (2006). How large a vocabulary is needed for reading and listening? The Canadian Modern Language Review, 63(1), 59–82. https://doi.org/10.3138/cmlr.63.1.59
- •Hu, M., & Nation, I. S. P. (2000). Unknown vocabulary density and reading comprehension. Reading in a Foreign Language, 13(1), 403–430. https://nflrc.hawaii.edu/rfl/item/43
- •Beglar, D., Hunt, A., & Kite, Y. (2012). The effect of pleasure reading on Japanese university EFL learners' reading rates. Language Learning, 62(3), 665–703. https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2011.00651.x