翻訳を待たない読書生活——洋書を「原文のまま」楽しめるようになるまで
好きな海外作家の新作が出た。日本語版は……1年後。
読書好きなら一度は経験する、この「翻訳待ち」の時間。英語で読めるようになるということは、この待ち時間が人生から消えるということです。今回は、「原文で読める自分」までの道のりを、研究の知見で具体的に描いてみます。
ゴールまでの距離を数字で知る
「洋書がすらすら読める」に必要な力は、研究によってある程度数値化されています。
- •補助なしで快適に読むには、文章中の単語の約98%を知っていることが目安になる(Hu & Nation, 2000)
- •一般的な英文でその水準に達するには、8,000〜9,000ワードファミリーの語彙が必要になる(Nation, 2006)
正直に言えば、遠い数字です。しかし重要なのは、この道のりには整備された階段があるということ。Extensive Reading FoundationのGraded Reader Scaleを見ると、学習者向けの読み物は50語レベルの入門段階から、数千語レベル、さらに8,000語レベルの読み物(mid-frequency readers)まで、切れ目なく用意されています。つまり、今日のレベルがどこであっても「ちょうど読める本」が存在し、その本を楽しむこと自体が次の段への一歩になります。
「いつか」ではなく「だんだん」訪れる未来
「原文で読める日」は、ある朝突然やってくるわけではありません。もっと良いことに、部分的な達成が最初から楽しめます。
- •入門レベルのGraded Readersでも、物語の続きが気になる体験は本物です
- •中級レベルには、名作文学や人気小説のリライト版が豊富にあります。「あの作品を英語で読んだ」は、リライト版でも十分に嬉しい経験です
- •やがて、児童書やヤングアダルト小説の原書が射程に入ります。ここまで来ると、「翻訳されていない本」が選択肢に入り始めます
語彙は近道のない領域ですが、確実に積み上がる領域でもあります。Webb(2007)が示したように、単語の知識は繰り返しの遭遇で深まります。読んだ語数がそのまま、未来の読める本のリストを長くしていくのです。
読書家にとって最高の投資
考えてみれば、これは読書好きにとってかなり割のいい話です。トレーニングの内容が、そのまま趣味の読書だからです。 ランニングの練習がつらい人はいても、「物語を読む練習」がつらい人はいません。レベルを合わせてさえいれば、道中のすべてが娯楽です。
そしてゴールの先には、翻訳された本だけが並ぶ本屋ではなく、世界中の英語の本すべてが並ぶ本屋が待っています。新刊の発売日に、日本語版を待たずにページを開く。あの作家の、翻訳されなかった短編集を読む。それは読書家の人生を静かに、しかし決定的に変える体験です。
今日の1冊は、その本屋への入場券の一部です。
参考文献
- •Hu, M., & Nation, P. (2000). Unknown vocabulary density and reading comprehension. Reading in a Foreign Language, 13(1). https://nflrc.hawaii.edu/rfl/item/43
- •Nation, I. S. P. (2006). How large a vocabulary is needed for reading and listening? The Canadian Modern Language Review, 63(1), 59–82. https://doi.org/10.3138/cmlr.63.1.59
- •Extensive Reading Foundation. ERF Graded Reader Scale. https://erfoundation.org/wordpress/graded-readers/
- •Webb, S. (2007). The effects of repetition on vocabulary knowledge. Applied Linguistics, 28(1), 46–65. https://doi.org/10.1093/applin/aml048