「英語を話せる自分」を想像できますか——動機づけ研究が注目する「理想の自己」
英語学習のモチベーションというと、「意志の強さ」の話だと思われがちです。でも近年の動機づけ研究が注目してきたのは、意志ではなくイメージ——「未来の自分の姿を、どれだけ鮮明に思い描けるか」でした。
L2動機づけ研究の主役になった「自己」
第二言語の動機づけ研究は、2000年代以降に大きく様変わりしました。Boo、Dörnyei、Ryanが2005〜2014年の研究416本を分析したレビューによれば、この期間に研究数が急増し、その中心的な理論枠組みとなったのが、Dörnyeiの提唱したL2動機づけ自己システム(L2 Motivational Self System)だったと報告されています(Boo, Dörnyei & Ryan, 2015)。
この枠組みの核にあるのが「理想L2自己(Ideal L2 Self)」——英語を使いこなしている理想の自分のイメージです。理論の考え方はこうです。人は、「現在の自分」と「理想の自分」のギャップを埋めようとする心理的な力を持っている。だから、英語を使う理想の自分が鮮明であるほど、日々の学習に向かうエネルギーが生まれやすい、というわけです。
「今年こそ頑張る」という決意より、「海外の同僚と笑いながら打ち合わせしている自分」の映像。動機づけの燃料は、後者のほうが長持ちすると考えられているのです。
ぼんやりした憧れを「解像度の高い映像」にする
理想L2自己が機能するには、それが漠然とした憧れではなく、具体的で、もっともらしく、手続きとつながっている必要があると論じられています。実践に落とすと、次のような作業になります。
1. 場面を具体的に描く: 「英語ペラペラになりたい」ではなく、「学会の質疑応答で、落ち着いて英語で答えている自分」「海外旅行で、現地の人と店先で雑談している自分」。場所・相手・話題まで決めて描きます。
2. 定期的に再生する: 描いたイメージは、放っておくと色あせます。学習を始める前の30秒、そのシーンを思い浮かべる習慣をつけましょう。
3. 現在の学習と接続する: 「今日のリスニング20分は、あの会議室の自分への部品調達」——日々のタスクをイメージの文脈に置き直すと、単調な練習に意味が宿ります。
4. 「なりたくない自分」も少しだけ使う: 理論では、義務感に基づく自己像も動機づけの一部とされます。「海外案件で何も言えない自分にはなりたくない」という感覚は、適量なら締切のように機能します。主役はあくまで理想側に置きましょう。
5分でできる「理想自己の下書き」ワーク
理屈がわかったら、実際に書いてみましょう。ノートかスマホのメモに、次の3行を埋めるだけです。
1. 3年後、英語を使っている場面:(例:海外拠点との定例会議で、資料の説明をしている)
2. その場面の自分の感情:(例:緊張はあるが、準備してきた自信がある)
3. その自分が、今日の自分に勧める30分の使い方:(例:会議で使う表現のストック作り)
3行目がポイントです。理想像から今日のタスクへ矢印を引くことで、イメージが「夢」から「計画の起点」に変わります。書いた3行は、学習アプリの目標欄やノートの表紙など、毎日目に入る場所に置いておきましょう。
イメージは才能ではなく、練習でつくれる
「想像力がないから無理」と思った方へ。理想L2自己は、ゼロから発明するものではありません。素材は外から借りられます。英語で働く人のインタビュー、海外で暮らす人の動画、ドラマの中の会議シーン——「いいな」と感じた場面が、あなたの理想像の部品です。
集めた部品で、自分版の映像を編集する。学習の前に30秒だけ再生する。たったこれだけの習慣が、「今日はやめておこう」の回数を減らしてくれるかもしれません。
意志力を鍛える前に、まず映像を撮りましょう。あなたの理想の一日は、どんなシーンから始まりますか。
参考文献
- •Boo, Z., Dörnyei, Z., & Ryan, S. (2015). L2 motivation research 2005–2014: Understanding a publication surge and a changing landscape. System, 55, 145–157. https://doi.org/10.1016/j.system.2015.10.006